今回はミニマリストという考え方について。

ミニマリストと言われる方達を見ていると、とにかく部屋にある『不要なもの(?)を捨て、必要最低限で生きる』という哲学とも言える価値観がある。

あえて " 一般の人 " という言い方をするが、一般の人はこう思うだろう。

「なぜそこまでする必要がある?」

と。

ミニマルという考え方

断捨離やミニマルという言葉は以前から流行っていた言葉かもしれないが、服を捨て、本を捨て、ベッドを捨て、ここまでやる必要があるのだろうか。

もちろん、生きる為に必要なものを考えると、それは実にシンプルなのかもしれない。

地球、自然、家、食料、家族。

これだけあれば幸せなのかもしれないとさえ思うことだってある。

快適さや幸福感は人によって感じ方も違うし、それがどうのこうのいうつもりもないが、ミニマリズムという考え方は共感を得られる部分も多々あるのも事実。

行き過ぎた消費

戦後日本はものすごい経済成長をして、誰もが生きる上では困らなくなったと同時に、モノを手に入れることが目的だったり幸せである、という図式が、どこかで成り立ってしまっているのかもしれない。

『ものが溢れる空間で過ごすことは普通。』

私自身も、モノがあってもよりいいモノを買い求め、『足していく』価値観で生きてきた。

だからこそ、ミニマリズムのように必要最低限で生きる考えは、言ってしまえば全く真逆の振り切った考えであるだろう。

そんな真逆の考え方だとしても、行き過ぎた消費をしている現代社会において一度振り切った考え方でミニマルを探求してみると、本当に自分にとって大事なもの、必要なものが見えてくるのかもしれない。

ミニマルを目指すから見える本質

ミニマリストがいいというわけではなく、ミニマルを目指す中で自分に必要な大切なものが見えてくるという考えもあって、こういった振り返りは私にもいい気づきがあった。

私自身がミニマリストになろうとも思わないが、大量消費の生活から本当に大切なものを本当に愛着を持って使っていきたいと思う。


メリットも多いミニマルという考え。

デザインでも同じだと思うが、シンプルであるということは、実はその難易度は非常に高いと思う。

無駄のないシンプルなデザインや、シンプルな生活を見ていくと、複雑なものをつくり出すよりもシンプルにする方が難しいということがわかるはずだ。

いわば、『無駄をはぶき、コンパクトにまとまり、多機能である』こと。

シンプルに、ミニマルにしていけばいくほど難しく、足すことよりもいかに引くかを考えていかなければならない。

不要なものを削ぎ落とす時、本質が見えてくるものだ。

かつての日本のように、侘び寂びを感じる感受性をもう一度取り戻したい。


今回は Mac の話ではないが、Mac を見ていくと、無駄を省いた中に必要な機能を盛り込み、シンプルに構成されているのがよくわかる。

重ねていうが、私はミニマリストになりたいわけではない。

とうてい床の上で寝る生活なんて考えられないし、冬はあったかい布団の中で寝たい。

そんな普通の生活の中でも、行き過ぎた消費が引き起こす弊害も理解しなければならないと思っている。

だからこそ、あえてモノを減らしてみようと思ったわけで、その気持ちを忘れないようにこのブログに綴っている。

グラハム・ヒル「ものは少なく、幸せは多めに」

かつて私が出会った大好きな動画だ。

ぜひ一度あなたにも見てほしい。